10位~4位 世界上位100駅の乗降人気ランキング

10位 高田馬場駅(東京都新宿区) 1日平均乗降人員 882,771人 年間乗降人員 322,211,415人
JR東 403,530人 西武 292,612人 東京メトロ 186,629人
2011年度乗降人員 868,866人(前年比+13905人 +1.60%) 2011年度順位 11位(前年比+1位
備考
高田馬場駅は明治43年に山手線の駅の一つとして開業、赤穂浪士の一人堀部安兵衛の講談の題材になっている高田馬場(読み方は駅名と違い「たかたのばば」)に由来する
昭和2年になり西武鉄道の駅が仮開業、昭和39年には地下鉄東西線の高田馬場駅が開業し現在に至る。早稲田大学の駅としても知られまた新宿と池袋の間という好立地から利用客は多く世界10位にまで上り詰めている。
手塚治虫と縁の深い土地で、手塚プロダクションが高田馬場にあった他、鉄腕アトムの世界でもお茶の水博士の科学省は高田馬場にある設定である。駅の発車メロディが鉄腕アトムなのもそのため。
2011年度はJR、東京メトロ、西武全てが激減したが今年度はその反動が一気に来た印象が強い。
9位 品川駅(東京都港区) 1日平均乗降人員 975,277人 年間乗降人員 355,976,105人
JR東 659,358人 JR海 62,000人 京急 253,919人
2011年度乗降人員 956,564人(前年比+18713人 +1.96%) 2011年度順位 9位(前年比±0)
備考
品川駅は日本の駅としては最も古い駅である。明治5年6月に品川駅と初代横浜駅との間で仮開業となりこの時は途中駅がなかった(後に川崎駅、神奈川駅(廃止)が開業した)。同年10月に新橋-横浜の正式開業となった。
明治18年には日本鉄道品川線が乗り入れる。これは明治39年に国有化され山手線となる。大正3年には遠近分離のための京浜線が、昭和51年には「総武快速線」が当駅にも乗り入れてくる。
一方、京浜電気鉄道は北品川駅から市電共用で高輪駅まで乗り入れていたが、様々な理由で不便とされたため、品川駅との間に線路を敷設し昭和8年に品川駅として開業。
平成15年には東海道新幹線の輸送力増強の目的でJR東海が品川駅を開業。当初は一部のぞみ・ひかりが通過していたが、平成20年より新横浜駅とともに新幹線の全列車が停車となった。
駅の発展とともに開業時は海の近くであったが埋立地として周りは陸となった。現在も再開発が続いており利用客数は増加傾向。
リニア新幹線の始発駅にも決まっており1日平均乗降人員が100万の大台を突破するのは時間の問題と予想されている。

8位 名古屋駅 1日平均乗降人員 1,148,744人 年間乗降人員 419,291,560人
JR海 386,000人 名鉄 268,104人(2011年度) 近鉄 120,996人(2011年度) 名古屋市営 347,406人 あおなみ線 26,238人(2011年度)
2011年度乗降人員 1,130,758人(前年比+17986人 +1.59%) 2011年度順位 7位(前年比-1位
備考
名古屋駅は明治19年の東海道本線の全通事業の一環として熱田駅と清洲駅との間に名護屋駅として開業したのが起源である。明治28年に関西鉄道線として名古屋駅が開業、明治33年には中央西線の路線が開業
明治40年に関西鉄道が国有化され関西本線となると、昭和39年には東海道新幹線の名古屋駅が開業し超特急停車駅となる。一方、関西急行電鉄は昭和13年にターミナル駅として「関急名古屋駅」を開業、幾度かの合併や駅名改称を経て昭和45年に近鉄名古屋駅に落ち着く。
昭和16年には名鉄の新名古屋駅が開業、平成17年より新名古屋駅と駅名改称。スペースの都合でとてつもなく複雑な駅となっている。
昭和32年には名古屋市営地下鉄1号線(東山線)の名古屋駅が、平成元年には桜通線の名古屋駅が、そして平成16年に貨物線を活用して名古屋臨海高速鉄道西名古屋港線(あおなみ線)が開業して現在に至る。
東京駅との熾烈な7位争いを演じている。ここ数年は名古屋駅が開発等で優位に進めていたが、東京駅の再開発も続いている。今後まだ2012年度のデータが出てない会社次第では順位が入れ替わる可能性もある。
7位 東京駅(東京都千代田区) 1日平均乗降人員 1,151,706人 年間乗降人員 420,372,690人
JR東 804,554人 JR海 178,000人 東京メトロ 169,152人
2011年度乗降人員 1,084,730人(前年比+66976人 +6.17%) 2011年度順位 8位(前年比+1位
備考
東京駅が出来る前は、各方面でターミナル駅は分散されていた。東北方面は上野、東海道方面は新橋、中央線方面は飯田町、総武線方面は両国橋と言った具合であった。
これは西南戦争における政府の財政悪化の問題で私鉄主導によって建設された経緯があるからである。
これらは多く国有化されていったが、東京駅周辺は馬車鉄道や路面電車で代替しており混雑が問題となっていた。そこで皇居の正面に中央停車場という形で作られたのが東京駅の始まりである。こうして大正3年12月20日に東京駅が東海道本線の駅として開業。
大正8年に中央線が、大正14年には山手線の環状運転が、昭和31年には丸ノ内線が、昭和39年には東海道新幹線が、昭和43年には総武地下ホームが、そして平成2年には京葉線が開業し現在に至る。
その歴史的経緯から日本の代表駅ともいえ、全駅の中でも最格上の駅となっている(ただし交通新聞社のJR時刻表上の県代表駅では新宿駅と同格となっている)
乗降客数としては名古屋駅との熾烈な7位争いを演じている。ここ数年は名古屋駅に離され気味であったが、2012年度はグランドオープンした復興駅舎と駅再開発の影響から大幅増となり名古屋駅との競争はますます激化しそうだ
6位 北千住駅(東京都足立区) 1日平均乗降人員 1,488,504人 年間乗降人員 543,303,960人
JR東 397,248人 東武 435,017人 東京メトロ 576,757人 つくばエクスプレス 79,482人
2011年度乗降人員 1,464,930人(前年比+23574人 +1.61%) 2011年度順位 6位(前年比±0)
備考
明治29年に日本鉄道が現在の常磐線に当たる路線のうち、田端-土浦間を開業、北千住駅はその時に新設された。
明治32年、東武鉄道の駅も開業し、明治39年には日本鉄道が国有化、長らく北千住駅は常磐線と東武鉄道の駅に過ぎなかった。
昭和37年になって東武北千住駅が改良工事され、日比谷線の駅が開業、昭和44年に千代田線の北千住駅が、平成17年につくばエクスプレスが開業して現在に至る。
駅利用客は増え続け、更に千代田線や日比谷線の影響で上野駅からターミナル機能を奪うに至った。優等列車の停車も実施されるようになるなどして利用客数は増え続けた
ここ数年は小康状態ではあるものの、元々の利用客の多さは言うに及ばずであり、東京駅や名古屋駅をも上回る規模になった。
5位 横浜駅(横浜市西区) 1日平均乗降人員 2,160,389人 年間乗降人員 788,541,985人
JR東 827,228人 東急 335,988人 京急 305,878人 相鉄 421,165人 横浜市営 128,244人 横浜高速 167,804人
2011年度乗降人員 2,128,930人(前年比+31459人 +1.48%) 2011年度順位 5位(前年比±0)
備考
横浜駅から上と北千住駅より下には約70万人の人員差(北千住駅比で約1.5倍)があり、他の巨大ターミナル駅と比べても明らかに別格の人数となる
更に名古屋駅と東京駅に比べれば約二倍にまで差が広がることからも横浜駅より上はもはや駅と呼ぶより街と呼ぶべきだという意見さえある。
初代横浜駅は明治5年に品川駅との間に鉄道路線が完成(この時は仮開業)した際に出来た駅であり、現在の桜木町駅に当たる(ちなみに桜木町駅の順位は155位)。二代目の横浜駅は大正4年に開業しこれが現在の横浜駅と同一視されている。昭和3年に現在地に移設された
その後昭和3年には東横線が横浜に開業、2年後に京浜電気鉄道(現在の京急)が、更に3年後に神中鉄道線(現在の相鉄線)が、昭和51年に市営地下鉄線が、そして平成16年にみなとみらい線が開業し現在に至る
大正の開業から工事が終わらない駅として「東洋のサグラダファミリア」などと呼ばれているが、似たような傾向は大規模駅全てに見られる
これだけ大きいとどこかで補修工事が必要になり、それが終わる頃には新しい工事が必要な箇所が出てくるため、工事が終わらないのは必然とも言える
4位 大阪駅・梅田駅・西梅田駅・東梅田駅・北新地駅(大阪市北区) 1日平均乗降人員 2,299,235人 年間乗降人員 839,220,775人
JR西 923,260人 阪急 524,578人 大阪市 684,970人 阪神 166,427人(2011年度)
2011年度乗降人員 2,266,450人(前年比+32785人 +1.45%) 2011年度順位 4位(前年比±0)
備考
山手線に存在しない駅としては世界一の乗降人員を誇る。関西が誇る迷宮駅にして首都圏以外の駅では文句なく1位である。
明治7年に新橋-横浜に続いて大阪-神戸駅が開業したのが始まりである。明治22年に東京まで全通、また現在の福知山線を始めいくつかの私鉄が乗り入れていたがそれらは国有化されている。
一方の梅田駅はまず明治39年に阪神電鉄が延伸する形で開業、その4年後に箕面有馬電気軌道が宝塚駅との間に開業させたのが阪急梅田駅の始まりである
ちなみに阪急電鉄と社名を変えたのが昭和48年である。一方地下鉄梅田駅は昭和8年に御堂筋線が仮開業したのが始まりで、2年後に本開業。昭和40年に西梅田駅が、昭和42年に東梅田駅が、平成9年に北新地駅が開業し現在に至る
2010年度までは各社ともかなりの減少を記録しており、衰退が懸念されていたが、2011年に大阪ステーションシティが開業してからは乗降人員を盛り返している。ただしベスト3に食い込むほどとは考えられていない。

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